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学んだことについて書きます

深い余韻が残る青春小説 『ムーン・パレス』

はじめに

あけましておめでとうございます。今年は本と向き合う時間を増やすことが目標の一つなので、ログとして読んだ本もブログで紹介していこうと思いました。正月早々ポール・オースターの『ムーン・パレス』を読んだので、紹介していこうかなと思います。

ムーン・パレス (新潮文庫)

ムーン・パレス (新潮文庫)

ポール・オースターについて

1947年生まれのユダヤ系アメリカ人の作家。代表作としては今回の「ムーン・パレス」、ではなく、 ガラスの街、幽霊たち、鍵のかかった部屋の三作で、通称「ニューヨーク三部作」と呼ばれているらしいです。 オースターはコロンビア大学を出ているのですが、ムーン・パレスの主人公フォッグもまたコロンビア大学に通っているとの描写があります。彼自身を主人公に多少なりとも投影しているようですね。本文の中で、叔父の本を譲り受けて読み耽るシーンが有るのですが、これもまたオースター自身の体験に基づくもののようです。彼自身はこの小説をコメディだと評していますが、自虐の意味を含んでいるのでしょうか…

「ムーン・パレス」のあらすじ

主人公のマーコ・スタンリー・フォッグは叔父のビクターが亡くなった後、譲り受けた1492冊を読み始めます。1やがて大学にも行かなくなり、お金もなくなり、家を追い出されたフォッグは、公園で生活を余儀なくされます。その後親友のジンマーや後の彼女となるキティ・ウーに助けられ、やがてトマス・エフィングという老人のもとで仕事、もとい老人の話し相手をするようになります。そして、エフィングとのやりとりや彼の息子であるソロモン・バーバーとのやり取りを通して、自分のルーツに近づいていくことに…

描写の美しさ

ムーン・パレスの感想として、真っ先に思いつくのが、非常に描写が美しいということです。例えば、次のような冒頭のシーン。

結果的には本を入れた箱はそのままの状態で大いに役立ってくれた。112丁目のアパートには家具がついていなかったので、欲しくもないし買う余裕もない物に無駄な金を使うよりはと、僕はそれらの箱を材料に「虚構の家具」を作り上げた。それはちょっと、パズルを組み立てるのに似ていた。一つひとつの箱をユニットとしていて、何度も組み替えているうちに、箱たちはやがて家具としての体裁をなしていった。16箱のセットがマットレスの台となり、12箱のセットはテーブルに、7箱の数組がそれぞれ椅子に、2箱がナイトテーブルになった。部屋のどこを向いてもくすんだ薄茶色で、色彩としてはいささか単調だったが、僕は自分のやりくり上手を得意に思わずにはいられなかった。

描写が的確かつ適切な長さで、目の前に箱が積み上げられている様が思い浮かぶようです。全編を通して非常にわかりやすく美しい描写が繰り返されているので、読んでいて非常に気持ちがいいです。柴田元幸の翻訳のうまさもあるのでしょうが。

自己の再生、そして喪失

おそらくこの小説でもっとも重要なテーマは、「喪失と再生」でしょうか。叔父のビクターとの思い出、死別、支えてくれたキティとの恋、エフィングとのやりとり、バーバーとの出会い。

誰かと別れる悲しみと絶望がある中で、また新しい出会い、喜び、生きがいが生まれる。さらにそれは彼にとって単なる出会い以上のもので、(ネタバレも含むのであまり詳しくはかけないのですが、)彼自身のルーツに深く関わっているものなのです。

タイトルとなっているムーン・パレスは、コロンビア大学近くに実在する中華料理屋らしいです。Google Street Viewでも確認できました。機会があれば一度行ってみたいですね。

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323 E Washington St, Sequim, WA 98382

全編を通して「月」がモチーフとして使われています。人類の月への到達、ブレイクロック作品の「月光」、フォーチュン・クッキーの中から現れた紙片、発明王テスラの言葉。そして物語の最後に、主人公が新たな再出発を誓うシーンでも、やはり月が登場します。

やがて、丘の向こうから月が上った。満月の、焼け石のように丸く黄色い月だった。夜空に上っていく月に僕はじっと視線を注ぎ、それが闇の中に自らの場を見出すまで目を離さなかった。

この物語では、月は未来を予感させます。太陽ほどは明るくないけれど、ほのかに道を照らしてくれる光。未来への希望や調和を予感させてくれます。

最後に

物語のどの段階においても主人公は不遇な目にあっていて、その点で非常にやりきれない、切ない気持ちにさせられます。

僕らはつねに間違った時間にしかるべき場所にいて、しかるべき時間に間違った場所にいて、常にあと一歩のところで互いを見出しそこない、ほんのわずかのずれゆえに状況全体を見通しそこねていたのだ。

それでもこの小説は読後感が非常にすっきりしていて、絶望を感じさせない終わり方となっています。

僕は世界の果てに来たのだ。この向こうにはもう空と波しかない。そのまま中国の岸辺まで広がる、空っぽの空間があるだけだ。ここから僕は始めるのだ、と僕は胸のうちで言った。ここから僕の人生が始まるのだ、と。

ゆっくりすることができるお正月休みに、時間をかけて読んでみてはいかがでしょうか。


  1. 小説内で出てきますが、およそ3年で全部読んでしまいます。驚異的なペースですね。